「あの人が辞めたら、この仕事は誰にもできない」——そんな不安を口にする経営者に、私はよくお会いします。熟練社員の勘と経験に支えられた業務ほど、退職と同時に会社から静かに消えていきます。
現場で起きている「技能の消失」
ある製造業の経営者から聞いた話です。品質を最終判断していたベテラン社員が定年退職した半年後、不良品率が3倍に跳ね上がりました。マニュアルには「異常があれば止める」としか書かれておらず、実際にどんな音や振動を基準に判断していたかは、誰も知らなかったのです。こうした「勘と経験」への依存は製造業に限りません。営業の値引き判断、接客での不満対応、仕入れ先との交渉——中小企業のあらゆる現場で、同じことが起きています。
なぜノウハウは言語化されないのか
原因は本人の意識不足ではなく、構造の問題です。熟練社員は判断のスピードが速すぎて、自分がなぜその選択をしたのか説明する余裕がありません。また「聞かれたら教える」という受け身の文化のため、忙しい現場では聞く機会自体が生まれにくいという事情もあります。さらに、マニュアル作成を後回しにしても当面の業務は回ってしまうため、優先順位が上がらないまま退職の日を迎えてしまうのです。結果として、引き継ぎは退職直前の数日間に詰め込まれ、表面的な手順しか残らないケースが後を絶ちません。
AIで暗黙知を形式知に変える3つのステップ
- インタビューを録音し、AIで文字起こしする(30分の対話で1万字程度のテキストが得られます)
- 「なぜそう判断したか」を掘り下げる質問リストを用意し、複数回に分けて聞く
- 文字起こしをAIに読み込ませ、判断基準ごとにFAQ形式へ整理する
ある小売業では、この方法でベテラン店長3人分のノウハウを2週間でFAQ化し、新人の独り立ちまでの期間を平均4ヶ月から6週間に短縮できました。録音と質問設計さえ整えれば、特別なツールがなくても始められます。大切なのは、退職が決まってから慌てるのではなく、日常業務の中に「聞く時間」をあらかじめ組み込んでおくことです。
さいごに
「辞められたら困る」を、「辞めても大丈夫」に変えるための一歩は、意外と小さなところから始められます。まずは1人、頼りにしているベテラン社員へのインタビューから試してみてはいかがでしょうか。DX推進や技能継承の進め方について相談したい方は、お気軽にお声がけください。